2026年7月27日月曜日

「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」

  五島列島には「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」として世界文化遺産に登録された教会群があります。今回の旅行では複数の教会を見学した。まずその歴史からまとめる。秀吉、家康によるキリスト教禁止によって信者は棄教か隠れて信仰をまもるかの選択を迫られ、五島のキリスト教信者は隠れて信仰をまもることになった。明治になり、1865年の大浦天主堂での「信徒発見」をきっかけに、五島でもキリシタンたちが次々と信仰を表明した。しかし、明治政府は組織を一掃するため、弾圧を始めた。五島列島では摘発や拷問によって多くのものが亡くなったが、これが五島崩れとよばれる出来事である。その後外国からの強い抗議により、信仰の自由が許されることになる。これを機に五島各地では祈りの場である教会建設が行われるようになった。信徒は貧しい中だが、さらに生活を切り詰め教会建設を行った。これが世界文化遺産として登録されることになる。ただ五島列島も他の地方と同様に人口減少に見舞われており、かつて数十家族ど信者がいた教会も数家族によって維持されてい教会もおおいとのことである。(写真は頭ヶ島天主堂と井持浦教会)





五島列島を訪れる

  7月下旬に五島列島を観光旅行で訪ねた。その特徴的な地質をまとめる。五島列島は新第三紀の五島層群を主体としてここに貫入する花崗岩や火山からなる。特徴的なのはここが日本海拡大の際の「ひんじ」のような部分にあたり、拡大の前黄河や遼河の末端の淡水の堆積盆であった。ここで河川や淡水湖の環境でたまったものが五島層群(写真上:中通島の蛤浜)である。淡水に生息する貝化石の化石産地もある。またその後の日本海拡大、続く沖縄トラフの拡大のなか張力が働き、花崗岩の貫入、正断層による複数の島の成立、火山活動(写真下:鬼岳)がおこり現在の五島列島ができた。