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2026年7月27日月曜日

「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」

  五島列島には「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」として世界文化遺産に登録された教会群があります。今回の旅行では複数の教会を見学した。まずその歴史からまとめる。秀吉、家康によるキリスト教禁止によって信者は棄教か隠れて信仰をまもるかの選択を迫られ、五島のキリスト教信者は隠れて信仰をまもることになった。明治になり、1865年の大浦天主堂での「信徒発見」をきっかけに、五島でもキリシタンたちが次々と信仰を表明した。しかし、明治政府は組織を一掃するため、弾圧を始めた。五島列島では摘発や拷問によって多くのものが亡くなったが、これが五島崩れとよばれる出来事である。その後外国からの強い抗議により、信仰の自由が許されることになる。これを機に五島各地では祈りの場である教会建設が行われるようになった。信徒は貧しい中だが、さらに生活を切り詰め教会建設を行った。これが世界文化遺産として登録されることになる。ただ五島列島も他の地方と同様に人口減少に見舞われており、かつて数十家族ど信者がいた教会も数家族によって維持されてい教会もおおいとのことである。(写真は頭ヶ島天主堂と井持浦教会)





2026年5月10日日曜日

東京都復興記念館

  江東区から墨田区を散策し東京都復興記念館を訪れる.旧陸軍の被服廠が移転し空き地ができたところに大正関東地震が起こり,ここに集まった人々が火災旋風によって多数亡くなった場所である.またその後、太平洋戦争になりその末期45年3月10日に東京の下町を中心に大規模な空襲があり多くの方がなくなった.この2つの出来事を合わせて展示がされている施設である.いくつも目を引く展示があったが関東大震災のさいの竹久夢二の震災現場をあるいての絵入りの新聞レポートがあった.また、3月10日の大空襲ではその状況をほぼ唯一記録した警察であり写真家でもある石川光陽の写真が非常に印象的であった.写真は併設された(こちらが主の施設だと思うが)東京都慰霊堂である.



2026年5月3日日曜日

旧前田侯爵邸

 目黒区の旧前田侯爵邸洋館を訪ねる。戦前に建てられた加賀百万石から続く前田家の邸宅で、戦後GHQに接収され、最後に東京都と国のものになり、現在一般公開されている。豪華さに戦前の華族の華やかな生活の一端を感じた。このあと明治神宮をはじめてたずねた。連休ということもあって外国人をはじめ観光客の数が多い。春の大祭で狂言奉納がおこなわれていたが、観客が多く全く見えず途中であきらめ、静かな裏道を原宿駅へ戻った。双方とも下末吉面の淀橋台上にあり、施設の周囲は浸食による傾斜がある。明治神宮ではこれが渋谷川につらなることになる。




2026年4月4日土曜日

人を殺した色

 youtubeで人間を殺した色の話をみた、重要な点をメモする。

白・・・鉛白(えんぱく)は、古代から使われる塩基性炭酸鉛(2PbCO3・Pb(OH)2)を主成分とする白色顔料です。白粉(おしろい)や絵具として広く利用されましたが、鉛中毒の危険性から現在は厳しく使用が制限されています。

赤・・・辰砂(しんしゃ)は、硫化水銀(II) (HgS) を主成分とする赤色の鉱物で、古くから顔料(朱)、水銀の原料、漢方薬として珍重された物質です。古代より神聖な色として、古墳の壁画、神社仏閣の彩色、弥生時代の棺などに使用され、不老不死の霊薬と信じられた歴史も持ちます。含まれる水銀成分により有毒性を持っています。特に粉末の形態で吸入すると健康に害を及ぼします。

緑・・・花緑青(はなろくしょう)とは、19世紀初頭にドイツで工業的に生産され始めた緑色の人工顔料である。Cu(C2H3O2)2·3Cu(AsO2)2、すなわち、酢酸銅と亜ヒ酸銅(II)の複塩である。かつては絵具や建築用塗料として利用されていた。ヒ素に由来する強い毒性を持つ。

2026年2月28日土曜日

県立歴史と民族の博物館

  大宮公園にある「県立歴史と民族の博物館」を初めて訪ねる.石器時代から現代?までの県内の文物を展示して歴史を解説する.歴史時代の彫刻,絵画,文字資料が多数展示され、このようなものから歴史が組み立てられるのかと感じた.また関東の中世特有の板碑が多数展示されているのは圧巻であった.見学後に公園を散策する、明治に最初に作られた県立公園で正岡子規をはじめ著名人が訪れたそうである.




2025年12月20日土曜日

高橋是清邸

  江戸東京たてもの園を訪ねる。東京都の歴史的建物をまとめて野外展示する施設で、小金井公園の中にある。旧光華殿、旧自証院霊屋、三井八郎右衞門邸、高橋是清邸などを見て歩く。三井邸は三井財閥本家の邸宅で細部まで贅を凝らしたつくりに感心した。また高橋是清邸は226事件で高橋が暗殺された2階部分が見学できる。「不忘無」の掛け軸と孫娘と撮った写真が展示されていた。




2025年10月29日水曜日

朝霞台地末端を歩く

  仕事が急になくなったので、前から気になっていた朝霞台地末端を歩いた。訪ねたのは3か所である。18世紀に建てられた当時の農家の生活がわかる旧高橋家住宅、1500年前の前方後円墳の柊山古墳。いずれも台地の末端にある。最後に台地の末端が本体から浸食によって分かれた午王山、ここは弥生時代の環濠集落あとが発掘された。かつて来た時に比べ周囲が柵で覆われていて地層見学ができなくなっていた。いずれも台地(朝霞台)末端にあるのだが、沖積との比高差が30mほどあり急な坂道になっている。


2025年10月13日月曜日

旧古河邸

 都心の歴史的な洋館のひとつの旧古河邸および庭園を訪ねる.鉱業で財をなした古河財閥当主の本宅および迎賓館にあたる.戦後の財閥解体で最終的に国の所有となり一般公開されている.上野台地の西の段丘崖にジョサイア・コンドルによって建てた洋館で,上野台地の段丘崖上に邸宅,斜面にバラが見事な西洋式庭園と滝,崖下に回遊式日本庭園が配置される.赤っぽい安山岩で造られた豪奢な建物は一階がオフィシャルで,二階がプライベートな空間になっている.



2025年8月20日水曜日

「十五年戦争小史」

  菅野完氏がユーチューブ上で「十五年戦争小史」江口圭一著の読書会を開いていたので、視聴とともに本を読んだ。

 15年戦争を満州事変、華北分離、日中戦争、アジア太平洋戦争とに分け詳述する。満州事変等における現地陸軍の暴走(柳条湖事件、朝鮮軍独断越境、錦州爆撃など)を止められなかった政府。515事件における政府の法律を曲げた軟弱な対応と軍部の台頭。226事件における政府対応と事件に乗じた陸軍の権益拡大。日中戦争時の陸軍の拡大停止の希望に対する自身の利益拡大からの政治家の反対表明(陸軍だけが戦争を推進していたのではない)。圧倒的不利な対米戦争に疑問を呈しつつも最終的に開戦を承認する天皇、このあと戦争遂行にかかわっていく。何度かあった対米戦争への拡大停止の機会、ハルノートが提案されたとき、絶対国防圏の崩壊のときなどを逸し破滅に向かう。最後まで自分達の立場(陸軍と海軍、政治家、天皇)のみ守ろうとする姿勢、その結果ほぼすべてを失ってしまう。各権力組織が組織維持を主眼にし、またその組織内での闘争で不法でも勝てば良いとの価値観が支配する結果が300万強の日本人、2000万強の中国人などを殺戮する結果となる。



2025年7月27日日曜日

佐渡金銀山

 佐渡旅行で金山を見学した。佐渡金銀山は新第三紀火山岩とその砕屑岩類を母岩とする浅熱水性裂罅充填石英脈鉱床である。鉱床は規模生産量とも抜群であり、徳川幕府を財政的に支えていた。鉱山は南から西川砂金山、鶴子銀山、相川金銀山とありこの順に開発される。平安時代から記録は残る西川砂金山では山の川沿いの堆積物を大量に流して砂金として採集する方法がとられた。その後室町時代末に鶴子銀山が発見され、ここでは山の地表に露出する鉱石をその後坑道掘り(狸穴)で鉱石を採集した。鶴子銀山の鉱脈の延長を探して安土桃山時代に見つけられたのが相川金銀山で最大の金銀山である。徳川幕府が直轄地として鉱山開発と金銀生産が行われる。坑道が深くなるにしたがって地下水の問題が生じ、これに対して排水装置や排水トンネルなどが工夫され産出量を維持した。道遊の割戸(写真)は鉱脈が多数濃集場所を江戸時代に露天掘りに近い状態で採掘した跡であり鉱山のシンボルとなっている。明治に入ると西洋技術の導入により近代的な鉱山運営がなされ金採掘のピークは昭和初期である。その後資源枯渇により1989年に閉山となる。



2025年7月13日日曜日

フランス革命

  フランス革命関係の本を読もうとしたのだが、基礎知識がなく進まないので、フランス革命についてまとめられた「歴史の森」のサイトのYouTube動画をみる。フランス革命を記録したパリに住むリタイアした裕福な老人のセレスタン・ギタール氏の日記をもとに、いかに革命がはじまり、進行し、変質しそしてナポレオンの独裁に至るかをまとめたものである。6回シリーズで4時間15分で各回の題名は革命前夜、激動の予感、激動の日常、革命の転換点、恐怖政治への道、恐怖政治の果てとなっている。

 絶対王政の下での経済的な破綻を出発点にして支配されている第3身分(国王、僧侶と貴族以外)の政治的発言が強まる。要求を通すため民衆が立ち上がりこれを抑えようとする王政との衝突がおこる(バスチーユの監獄の襲撃)。引き続く衝突のあと国民議会が主導して立憲民主制が成立する。表向きは承認したルイ16世だが実際には肯定しておらず国外脱出を試みるも失敗する。これによって国王に対する信頼が地に落ち立憲民主制から国王を排しての共和制に移行しようとする意見が大きくなる。権力構造が変化するなか社会が劇的に変化していく、人権宣言と憲法の成立、それまでの精神的な柱である搾取する側であったカトリックの否定、革命に反対する外国からいどまれる戦争、信頼を失った国王の処刑と続く。国民議会では共和制を主張するジャコバン派が台頭し立憲君主派、穏健共和派(ジロンド派)の粛正がおこなわれる。さらにはジャコバン派内のロベスピエールの反対者に対しての粛正、密告制度による政権への批判勢力への粛正と恐怖政治の時代になる。パリでは毎日のように多数の人間がギロチンにかけられ、社会機能がマヒし物価のものすごい高騰、治安の悪化、いつだれが処刑されるかの恐怖の中、ロベスピエールが糾弾され処刑される。その後も混乱は収拾されず、これを解決する強権的なリーダーシップが待望される中、イタリアとの戦いで活躍した英雄ナポレオンが次の時代の主役になっていく。

 フランス革命の中に現代のフランスの人たちが自分たちの主張するときに行動に訴えるという起源を感じるとともに、民主主義が作られる際にいかに血が流されたのかがわかる。また、歴史とはこんなにも意図しない展開をするものであることを感じた。

2025年5月11日日曜日

「日中15年戦争」

 「日中15年戦争(上下)」黒羽清隆著(教育社歴史新書)を読む。先の大戦はアメリカだけに敗れたのではなく中国にも敗れたという視点の大切さを指摘。自分の中では一つ一つがばらばらであったものが一連の流れの中で理解できる。(上巻)山東出兵、張作霖爆発事件、いかに陸軍が不法行為を繰り返しそれを政府が追認したか。満州国の建国、上海事変、国際連合脱退、華北への侵攻、泥沼に入り込む日本。大長征、国共合作、整う対日本の体制。(下巻)汪兆銘を使った傀儡政権、持久戦に持ち込む中国軍との戦いの実際、戦時経済体制へ、国家予算・軍事予算増大、民需予算の減少。中国共産党支配地域での様子、ゾルゲ事件の尾崎秀実の中国観、3国同盟はなんだのか、満州権益を守ろうとするために対米戦争に突入。ポツダム宣言受諾の様子。



2025年1月19日日曜日

「北朝鮮へのエクソダス」

 「帰還事業」の影をたどる 北朝鮮へのエクソダス,テッサ・モーリス‐スズキ著,田代泰子訳(朝日新聞社)を読む。

 主に1959~67年に9万強の人々が北朝鮮の渡った帰国事業がいかに行われたのかを調べたレポート。赤十字やアメリカなどに残され、開示された文章を丁寧に分析してその全体像を明らかにする。植民地をもっている国が負けそれを手放す場合、自国にいる旧植民地の人には自国の国籍を与えるのが通常であるが、日本の場合朝鮮人、台湾人から日本国籍を取り合上げたことが問題の基礎にある。この事業の発端は、4.3の済州島での虐殺のさいに日本に逃げてきた人たちが北朝鮮へ行くことを希望したことにはじまる。在日の朝鮮人は多くが南朝鮮から来ておりこの人たちが帰還事業で北朝鮮に行ったことになる。

 この事業は日本政府、北朝鮮、韓国(李承晩)、アメリカ政府、ソビエト、赤十字のそれぞれのことなる思惑がいかにぶつかり合って成立する。日本の場合政府が政治・治安(貧困にああえぐ者たちの中には共産主義活動に走るものも多数いた)・経済(社会福祉の重み)上の懸念と偏見から彼らを排除したいという考えからである。北朝鮮は当初乗り気がなかったが、朝鮮戦争後の人手不足と対外的に人道をアッピールできること、日本・韓国に対する楔の考えがあった。韓国は北朝鮮への帰還事業には強烈に反対していたが、赤十字が関与する人道的な行事に反対できなかった。アメリカは日本の左右いずれもが帰国事業に賛成でかつ安保改正をひかえていたので賛成した。ソビエトは台頭する中国に対して北朝鮮への影響力を高める狙いがあった。赤十字本部は当初人道支援という題目で動かされたが、その実態を知るにしたがって及び腰になる状況になり、また赤十字の中での日本赤十字および朝鮮赤十字の本部とは異なるかんがえのもと行動する。

 最後に帰還者の苦労が語られている。北朝鮮に余裕があった当初はそれなりの待遇があったが、その後多くのものが苦難な状況に追い込まれる。そのなかから脱北をする帰還者。複雑な戦後政治の中で行われた帰還事業を実態を教えてくれる本であった。




2025年1月7日火曜日

弥彦神社

 年始に1泊の観光旅行で新潟を訪ねた。数か所見学したが、弥彦神社について簡単にまとめる。越後国一宮で由緒のある神社であるが1956年の群集事故としての弥彦神社事件で有名である。この時期の新潟らしい冷たい小雨の中一の鳥居、二の鳥居と進む、ここから先は一方通行の指示、石段を上がり随神門をとおり拝殿まですすむ。このあと車清祓所をとおり、火の玉石、相撲場をみて駐車場にもどる。時間があったのでお土産屋で甘酒を飲む。良い時期と晴天であったらロープウェイで山頂まで行きたかった。

1日目 越後湯沢→西福寺→寺泊→新潟

2日目 →弥彦神社→玉川酒造→越後湯沢




2024年12月31日火曜日

「ハンナ=アーレント」

 その生涯と全体主義に関する興味から、ハンナ・アーレントの解説書を読んだ。「ハンナ=アーレント」太田哲男著(清水書院)である。生涯(前半生)、「全体主義の起源」、その後の所著作(「イスラエルのアイヒマン」など)からなる。ハンナ・アーレントによる全体主義の成立の流れをまとめる。

国民国家の成立 19世紀のヨーロッパにおけるナショナリズムの台頭と密接に関連する。国内では少数民族の排除または同化政策を行う、ヨーロッパにおけるユダヤ人排斥はこの流れに沿うもの。

帝国主義の発展 特定の国家が他の国や地域を支配し、その資源や市場を自国の利益のために利用する政治形態。19世紀から20世紀初頭にかけて、ヨーロッパの大国(英仏蘭等)がこれにあたる。

全体主義主義の成立 全体主義体制は20世紀にナチス・ドイツのヒトラー政権やソ連のスターリン政権などでドイツは海外の植民地化に遅れたためこの方向に進む。政府が社会全体を完全に支配し、個人の自由や権利を制限する政治体制。強力な中央集権、プロパガンダと情報統制、秘密警察と監視、個人の権利の抑圧、一党独裁などの特徴がある。

この本はないが日本の全体主義を調べると、構成要素をバラバラにするのが全体主義の特徴だがこれは弱いが、日本の文化には個人よりも集団の利益を優先する考え方がありこれは親和性がありヒトラー政権やソ連のスターリン政権との違いがあるようだ。




2024年12月27日金曜日

「太平洋戦争の歴史」

  「太平洋戦争の歴史」黒羽清隆著(講談社学術文庫)を読む。太平洋戦争の学者による通史を読むのは初めて、本来はこの著者による別の本を読もうとしたのだがこの本で良かった。個々の出来事については知っていることも多かったが戦争を連続として全体を俯瞰することができる。アメリカとの開戦時のアメリカ側の考え、4年の戦争のうち勝っていたのはアメリカが本気を出していない半年であったこと、大東亜共栄圏の実態、学童疎開と敗戦後の子供たちの変化、玉砕と集団自決に追い込まれる日本人の姿など再認識させられることが多々あった。


2024年8月11日日曜日

「日本の軍隊-兵士たちの近代史-」

  日本の軍隊-兵士たちの近代史-吉田裕著(岩波新書)を読む。自身、断片的にしか知らなかった日本軍のことを歴史学者がまとめた本。明治の初めに徴兵令が制定され日本軍が成立した。軍隊生活の影響で明治期に社会が変化したこと、具体的には時計(明治の初め日本人は時間を守る感覚なし)、洋食(脚気の予防など)、洋服、ザンギリ頭、靴、行進の仕方(×ナンバ歩き)など。このころから15年戦争まで日本の特に農家は貧しく軍隊に行くことがある意味喜ばれた。軍隊に行くことによって退役後も恩給や村での立場の向上があった。大正デモクラシー期における軍隊の民主化と昭和期にはいりこの動きの反動(国軍が皇軍となるなど、また上官の命令への絶対服従)。軍隊のなかでの高学歴者とそうでないものの存在(高学歴者の中の反軍思想)。尋常小学校卒が主体の軍隊、戦前はここも卒業していない未就学の入隊者もいた。日清、日露までは軍隊同士の戦いだったが第一次世界大戦では総力戦に変わる。日本軍もこれを研究したはずだが全く生かし切れていない。15年戦争での精神偏重主義、次第に政治介入する日本軍。飯盒で各人の飯を炊く日本軍、外国は食事を作る部隊がある(食料の略奪につながる)。個人のものをすべて自身で運ぶ、現地人の徴用。徴用数が増え若くない徴用軍人が増えるにしたがって統率(治安)が取れなくなる、上官への不満を出させないため現地の人への略奪、強姦等が容認されてきたとのことである。日本の近代化に貢献した部分がある反面、西洋の軍隊に比し科学的でない精神至上主義的集団がなぜできたのか考えさせられる。日本は戦前においても1等国では決してなかった。




2024年7月28日日曜日

「アドルフに告ぐ」

  「アドルフに告ぐ」手塚治虫著を読む。戦前〜敗戦の歴史を背景にした4人の群像劇。4人とはヒットラー、日独の親を持つA、在日ユダヤ人のB、そして狂言回しの新聞記者Cである。彼らや周りの人々が歴史のうねりの中で翻弄される姿を描く。AとBとは子供の頃親友であったが、Aはドイツに行きナチス党員になり出世していく、Bは日本のユダヤ人社会の中で生活基盤を作っていく。命を受け日本に戻ったAはBと衝突、最終的には殺し合うことになる。ヒトラーについてもきちんとした資料を下に描かれている。

 手塚作品1番とも評価されるので手に取る。漫画なので複雑な展開でも理解しやすい反面、人物の心理描写の部分で文章のほうが優れていると感じた。


2022年12月13日火曜日

亜鉛の少年たち

  「亜鉛の少年たち」アレクシエーヴィッチ著を読む。ソ連のアフガン侵攻に参加した帰還兵やその家族の証言を集めたもの。アフガン侵攻がどんなものであったかを浮き彫りにする。当局がいかにして兵士を募集したか、現地ではなにがあったのか、帰国した後のそれぞれの葛藤。送り出した側の母親、妻の状況。もちろん女性も戦争の現場に参加している。戦争の実態が赤裸々に語られている。また出版後の裁判について、個人より国家を第一とする支配層による著者に対する攻撃などがまとめられている。「戦争は女の顔をしていない」に対し侵略戦争であるアフガン侵攻でありついこの間の出来事なので生々しく、口述した人々の悲惨な状況がひしひしと伝わってくる。

2022年11月27日日曜日

戦争は女の顔をしていない

個人的な事情でしばらく投稿していなかったが、落ち着いてきたので復活します。 

「戦争は女の顔をしていない」(スベトラーナ・アレクシエーヴィッチ著、三浦みどり訳、岩波書店)を読む。

ノーベル賞作家の主要な作品で今まで読んでいなかった作品を手に取る。第二次世界大戦時のソビエト連邦の従軍女性(女性兵士、看護師など)、パルチザンの証言集。まじめな彼女たちがいかに戦争に参加していったか。従軍女性からみた戦争の現場はどんな状況であったか。戦後彼女たちがどんな扱いをうけてきたかが多数の証言で明らかにされている。歴史の教科書では見えなかった戦争の姿を明らかにしてる作品。