2018年12月13日木曜日

天文学者と物理学者と数学者

 県の地学研究大会で国立天文台の準教授の縣秀彦氏の講演があった。様々な話題提供があったが一番面白かった話題をひとつ。
 3人の天文学者と物理学者と数学者がイギリスの田舎を旅をしていた。丘の上に金色の羊を見つけたところ、天文学者はこの地には金色の羊がたくさんいるのだろうといった。物理学者は金色の羊が少なくとも1匹はいるといった。数学者は今見えている羊の半分は金色であることは確かであるといった。
 3者の違いを言い表した言葉であるが、数学者に対し天文学者のスタンスがわかる言葉である。

2018年11月13日火曜日

石灰質ノジュール

 有機物は海底では酸化により分解され、炭酸カルシウムも形成されない。有機物がある程度埋積されると酸素のない環境になる。ここでは硫酸還元による有機物分解が起こる。ここで炭酸カルシウムの形成が促進され、石灰質ノジュールが形成される。さらに、これより深くなると有機物はメタン発酵し、炭酸カルシウムは形成されない。
 ノジュールに包まれた化石は空隙が極端に少ないため、周囲の圧力による変形や酸性間隙水による化学的な続成作用が最小限とどまり化石が保存される確率が格段に高くなる。

2018年10月28日日曜日

ブラックアウト

 少し前の地震だが記録しておく。9月6日3時7分に、北海道胆振地方中東部を震源として発生した地震があった(北海道胆振東部地震と命名される)。規模はMj 6.7、震源の深さは37 km。最大震度は、震度階級で最も高い震度7であった。土砂崩れ等によって41人が死亡したほか札幌市内で液状化が発生し道路が陥没するなどの被害が出たほか、北海道全体で電力のブラックアウトが起こり2日ほど続いた。この地震の発震機構は東北東-西南西方向に圧力軸を持つ逆断層型で、内陸型の地震である。
 地震発生の際、北海道大学で日本地質学会の総会が開かれていたが、混乱の中本部では少しでも企画ができるよう努力し、その後の対応がちくいちメールで配信されたが、いかんせんブラックアウトにより普段の生活もままならない状況が生じてしまいイベントのほとんどが中止になってしまった。

2018年10月1日月曜日

科学振興展西部地区展

 昨年と同じく東洋大学で行われた科学展に参加した。昨年度出した岩殿丘陵の放散虫化石に新しい産出ポイントを加え、新たにお願いした専門家に再鑑定をお願いしまとめたもので、別途まとめたものを学術論文として投稿する予定である。
 結果は参加賞に当たる優良賞であった。各作品の内訳は物理7、化学9、生物8、地学4でこのなかから7点が中央展に出品が決まった。数年間科学展に出してきたが生徒の活動と教員の関わりとの匙加減が難しい。生徒に任せきると科学にならないしといって関わりすぎると生徒は兵隊さんである。ある程度のかたちにするために優秀な学校でも専門家におんぶにだっこの研究も多い。さらにどうしてもポスターの見栄えの良さで優劣を判断され内容の科学的真理の重みとは違った判断がされがちである。また、ポスターの前の生徒のパホーマンスが影響を与えていないことを信じている。

2018年9月24日月曜日

孤独な老人

 この夏一人で行動する老人(男性)を複数見かけた。気が付いたといったほうが正しいか?
 ツアー旅行に1人参加する老人、周りと積極的に会話するでない。集合時間に遅れてきても何も言わない、割り込みをする。楽しいのだろうか。
 1人で登山する老人、むかし単独行といえば若者だったようであるが。気を使わないですむのだろうが危ない感じがする。
 リタイヤした後、時間を持て余しているのだろう。気の合うものと旅行や登山サークルに参加し楽しむのが基本だと思うが、集団を嫌っているのだろうか。また集団に入れないのではないか?
 こんなことを考えるのは自分の問題だからでもある。お金のためでもあるが、社会参加の必要性がある。人生を有意義にする活動をし続けないと生きている意味がなくなってしまう。

南八ヶ岳

 ワンゲルで南八ヶ岳を歩いたので地質をかんたんにまとめる。。
 八ヶ岳では約200万年前から約1万年前までの長い間に盛衰を繰り返した幾多の火山が複合してみられる。
 ワンゲルでは美濃戸口から入り、行者小屋にテントを張り、阿弥陀岳と赤岳に登った。
 この周辺は古八ヶ岳期に形成された成層火山列の稜線部にほぼ相当すると考えられ解析の進んだ火山山体急斜面になる。また旧火山の火口部を残すのは硫黄岳周辺のみである。岩石としては主に安山岩質の溶岩流と火砕物からなります。また美濃戸口周辺からは火山体が崩壊してつくられた火山麓扇状地からなります。また阿弥陀岳の北に当たる美濃戸中山は最後期の火成活動でつくられた溶岩円頂丘です。

2018年9月22日土曜日

奥尻島

 8月に奥尻島を観光で訪ねたので地質についてまとめる。
 最古の岩石は白亜紀の花崗岩およびこれに変質を受けた変成岩で、これらはかつての大陸の一部で、日本海拡大の際に分離する。現地では北部の球島山で観察する、角閃石の目立つ花崗閃緑岩であった。
 新第三紀の溶岩、岩脈が広く分布している、これは日本海拡大の際の激しい火成活動を受けたためだと考えられる。現地では稲穂岬、宮津弁弁天宮で溶岩、奥尻島シンボルの鍋鶴岩では安山岩岩脈を観察。
 段丘堆積物が広く発達していて、当然海成段丘である。これは奥尻島が一時期水没していてその後の隆起の過程で形成された。
 現在は北米プレートとユーラシアプレートの境界に近く、境界の東側に位置する。海底地形では島の西側が急崖になっていて-3000mまで落ち込んでいく。またここでは、ユーラシアプレートが北米プレートの下に沈み込んでいる。