2025年2月23日日曜日

「毒になる親」

 「毒になる親 TOXIC PARENTS 一生苦しむ子供」スーザン・フォワード著 玉置悟訳 講談社+α文庫 を読む。

 米カウンセラーによる不健全な親により精神的にいびつになった子供達のレポート。義務を果たさない、コントロールする、アルコール中毒、物理的or言葉による暴力、近親相姦などのより子供たちはどう育ってしまったか。精神的にどのような状態になるか。次にそれを克服するためにはどう認識し親と対峙していくかがまとめられている。詳細に分析されているとともに重い話である。人が成長していく過程で健全な親子関係の必要性を認識させてくれる。




2025年2月3日月曜日

「蟹工船」

  「蟹工船」小林多喜二著を青空文庫で読む。戦前のオホーツク海での蟹工船(蟹をとり、加工し缶詰を作る)を素材にした小説。過酷な労働と理不尽な労務管理のもとでの最底辺の人びとの生活を描く。その臭いや汚れがこれでもかと表現される。利益のため沈没船を無視、働かない・反抗的な者に対するリンチ、当時の露骨な資本主義下での搾取される捨てられる人びと、その中に芽生えた連帯、そして失敗、本文では自分たちの権利獲得までは描かれていない。

 前に小樽を訪ねたことがある。坂の多い街を歩き歴史的な建造物や観光化された運河を見たが、小説とはいえこんな側面もあったのを再認識。またドライブで小樽の高台に行ったときの多喜二のモニュメントを見た。


2025年1月19日日曜日

「北朝鮮へのエクソダス」

 「帰還事業」の影をたどる 北朝鮮へのエクソダス,テッサ・モーリス‐スズキ著,田代泰子訳(朝日新聞社)を読む。

 主に1959~67年に9万強の人々が北朝鮮の渡った帰国事業がいかに行われたのかを調べたレポート。赤十字やアメリカなどに残され、開示された文章を丁寧に分析してその全体像を明らかにする。植民地をもっている国が負けそれを手放す場合、自国にいる旧植民地の人には自国の国籍を与えるのが通常であるが、日本の場合朝鮮人、台湾人から日本国籍を取り合上げたことが問題の基礎にある。この事業の発端は、4.3の済州島での虐殺のさいに日本に逃げてきた人たちが北朝鮮へ行くことを希望したことにはじまる。在日の朝鮮人は多くが南朝鮮から来ておりこの人たちが帰還事業で北朝鮮に行ったことになる。

 この事業は日本政府、北朝鮮、韓国(李承晩)、アメリカ政府、ソビエト、赤十字のそれぞれのことなる思惑がいかにぶつかり合って成立する。日本の場合政府が政治・治安(貧困にああえぐ者たちの中には共産主義活動に走るものも多数いた)・経済(社会福祉の重み)上の懸念と偏見から彼らを排除したいという考えからである。北朝鮮は当初乗り気がなかったが、朝鮮戦争後の人手不足と対外的に人道をアッピールできること、日本・韓国に対する楔の考えがあった。韓国は北朝鮮への帰還事業には強烈に反対していたが、赤十字が関与する人道的な行事に反対できなかった。アメリカは日本の左右いずれもが帰国事業に賛成でかつ安保改正をひかえていたので賛成した。ソビエトは台頭する中国に対して北朝鮮への影響力を高める狙いがあった。赤十字本部は当初人道支援という題目で動かされたが、その実態を知るにしたがって及び腰になる状況になり、また赤十字の中での日本赤十字および朝鮮赤十字の本部とは異なるかんがえのもと行動する。

 最後に帰還者の苦労が語られている。北朝鮮に余裕があった当初はそれなりの待遇があったが、その後多くのものが苦難な状況に追い込まれる。そのなかから脱北をする帰還者。複雑な戦後政治の中で行われた帰還事業を実態を教えてくれる本であった。




2025年1月7日火曜日

弥彦神社

 年始に1泊の観光旅行で新潟を訪ねた。数か所見学したが、弥彦神社について簡単にまとめる。越後国一宮で由緒のある神社であるが1956年の群集事故としての弥彦神社事件で有名である。この時期の新潟らしい冷たい小雨の中一の鳥居、二の鳥居と進む、ここから先は一方通行の指示、石段を上がり随神門をとおり拝殿まですすむ。このあと車清祓所をとおり、火の玉石、相撲場をみて駐車場にもどる。時間があったのでお土産屋で甘酒を飲む。良い時期と晴天であったらロープウェイで山頂まで行きたかった。

1日目 越後湯沢→西福寺→寺泊→新潟

2日目 →弥彦神社→玉川酒造→越後湯沢




2024年12月31日火曜日

「ハンナ=アーレント」

 その生涯と全体主義に関する興味から、ハンナ・アーレントの解説書を読んだ。「ハンナ=アーレント」太田哲男著(清水書院)である。生涯(前半生)、「全体主義の起源」、その後の所著作(「イスラエルのアイヒマン」など)からなる。ハンナ・アーレントによる全体主義の成立の流れをまとめる。

国民国家の成立 19世紀のヨーロッパにおけるナショナリズムの台頭と密接に関連する。国内では少数民族の排除または同化政策を行う、ヨーロッパにおけるユダヤ人排斥はこの流れに沿うもの。

帝国主義の発展 特定の国家が他の国や地域を支配し、その資源や市場を自国の利益のために利用する政治形態。19世紀から20世紀初頭にかけて、ヨーロッパの大国(英仏蘭等)がこれにあたる。

全体主義主義の成立 全体主義体制は20世紀にナチス・ドイツのヒトラー政権やソ連のスターリン政権などでドイツは海外の植民地化に遅れたためこの方向に進む。政府が社会全体を完全に支配し、個人の自由や権利を制限する政治体制。強力な中央集権、プロパガンダと情報統制、秘密警察と監視、個人の権利の抑圧、一党独裁などの特徴がある。

この本はないが日本の全体主義を調べると、構成要素をバラバラにするのが全体主義の特徴だがこれは弱いが、日本の文化には個人よりも集団の利益を優先する考え方がありこれは親和性がありヒトラー政権やソ連のスターリン政権との違いがあるようだ。




2024年12月27日金曜日

「太平洋戦争の歴史」

  「太平洋戦争の歴史」黒羽清隆著(講談社学術文庫)を読む。太平洋戦争の学者による通史を読むのは初めて、本来はこの著者による別の本を読もうとしたのだがこの本で良かった。個々の出来事については知っていることも多かったが戦争を連続として全体を俯瞰することができる。アメリカとの開戦時のアメリカ側の考え、4年の戦争のうち勝っていたのはアメリカが本気を出していない半年であったこと、大東亜共栄圏の実態、学童疎開と敗戦後の子供たちの変化、玉砕と集団自決に追い込まれる日本人の姿など再認識させられることが多々あった。


2024年12月17日火曜日

上野公園

  時間を作って都心の公園を歩いているが、今回は上野公園の散策した。ここは徳川家の菩提寺のひとつである寛永寺の敷地だったが、大政奉還のさいこれに反対する彰義隊と薩長連合軍との戦争で焼き払われ、そのあと公園として生まれ変わった場所です。上野駅から初めに西郷隆盛像まで歩く、続いて彰義隊の慰霊碑、清水観音堂、顔のみ残る大仏を見る。次に見学したのは上野東照宮で、左甚五郎の龍の彫り物などあり、見栄えがした。またすぐそばに五重の塔がある。精養軒で昼食をとった後、博物館敷地にある移築された大名屋敷の唐門を見学し、さらに寛永寺に到着。本堂は川越の喜多院からの移築だそうである。本堂の左右にある竹の飾りや将軍の墓の前の唐門をみて、鶯谷駅に至る。