2015年9月22日火曜日

秋の七草

 連休に森林公園を歩いてた。ちょうど秋の七草の頃である。秋の七草は、おみなえし、おばな(ススキ)、ききょう、なでしこ、ふじばかま、くず、はぎ、である。このうち、おみなえし、おばな、くず、はぎを見た。
 秋の七草は万葉集の山上憶良が詠んだ歌に由来する。「秋の野に咲きたる花を指折りかき数ふれば七草の花。萩の花、尾花、葛花、撫子の花、女郎花また藤袴、朝貌(がお)の花」、朝貌はききょうのことで、今日の「あさがお」は平安時代に輸入された。
 なお、春の七草と違ってかゆに入れて食べる習慣はない。

2015年9月13日日曜日

アンモナイト

 夏に瀬林でアンモナイトを採集した。専門家に鑑定を依頼したところ名前がついた。参考文献があったのでそれらを読んでなにがしかのまとめをしようと考えている。そこで、アンモナイトについて簡単にまとめておく。
 アンモナイトの仲間は古生代中盤から中生代末にかけて繁栄した。平らな巻貝状の形態を持つ頭足類の一群。重要なグループは古いほうからゴニアタイト、セラタイト、アンモナイトに分けられる。3者の違いはからの成長の際にできる縫合線の形で区別され、山と谷のみの単純なゴニアタイトから山と谷の側面や頂部複雑な切れ込みのあるアンモナイトへと進化している。非常によく調べられている化石群で種の進化に関する様々な法則の具体例を提供してくれる(進化局限の法則など)。アンモナイトの仲間は白亜紀末に絶滅しているが、似ている仲間にオオムガイが存在しているが、殻をつなぐ体管の位置、縫合線の形、初期室の有無など根本的なところで違っている。

2015年9月9日水曜日

北高祭

 秋雨の続く中であったが、合間の晴天にも恵まれ、盛況な文化祭だった。全体の来場者数は5000人強、地球科学部の入場者数は500強作った石英のお土産が2日目の午後なくなり、約600人であった。
 生徒の発表は地球分野が岩殿丘陵巡検、花桐・伊豆ヶ岳巡検、石英について(複屈折と圧電効果の実験)、夏合宿報告2本(瀬林、恐竜センター、不二洞、下仁田ジオパーク)、砂金採り(個人)。天文分野が秋の天体観測、春の天体観測、5月の天体観測、夏合宿の星空、月面観察、天の川について、国際宇宙ステーションと無重量(無重量実験)。顧問はフズリナの進化、月の名所案内であった。
 3年が恐竜の頭と大きな地球儀をつくったのもあって、展示部門の1位を獲得した。

2015年8月31日月曜日

「永続敗戦論」

 「永続敗戦論」、戦後日本の核心、白井聡著、太田出版を読む。戦後の日本がどう歩んできたかをまとめたもの。
 アメリカがとった対日政策がいかにアメリカのために行われたか。天皇を中心とし国民が国家のために殉じる国体を守ろうとした天皇を含む支配階層。負けたことを肯定しない支配勢力が、敗戦といわず終戦いうことの意味。戦後の保守政治はアメリカにいかに尻尾をふったきたか。安倍首相をはじめなぜ保守はアジアを敵視しアメリカに尻尾をふるか。アメリカに干渉されたり、自身に不都合なことはいわない領土問題。
 韓国や台湾に共産主義との対決を押し付け、民主主義もどきを謳歌していた日本。非核3原則をうったえかつ米軍の核の傘に入る日本。九条で戦争参加を拒否しながら朝鮮戦争・ベトナム戦争で高度経済成長をした日本。米ソ対立のまではアメリカが日本を守る意味はあったが、ソビエト崩壊以降は搾取の対象である日本、TPPはこの流れの中にある。アメリカは日本を独立国と思っていない、かつ実際に独立国でない日本。
 いままであまり大っぴらに語られてはいない、戦後の政治のまた国民の実際の姿を描写した評論である。自身の断片的な理解がつながった感じがする。戦後を終わらせなければ明日の日本はないという思いがした。

2015年8月29日土曜日

隠岐の歴史

 縄文時代から人が住む。古くから遠流の島として知られる。もっとも有名なのは後鳥羽上皇、後醍醐天皇である。
 後鳥羽上皇は鎌倉時代の初めに承久の乱で敗れ隠岐の中ノ島に流されここで一生を終える。隠岐には牛突きという闘牛の伝統があるかこれは上皇をなぐさめるため始まったとされる。
 後醍醐天皇は鎌倉時代の末に元弘の乱で敗れ隠岐の島後に流されたが、1年後脱出し権力の座に返り咲いている。
 江戸時代には島後の西郷港が良港であったため、北前船の寄港地となり各地の歌が残っているそうである。
 明治初め、隠岐騒動が起こる。これは松江藩の過酷な支配に反対して、住民がこれを追い出し島民自治を行ったものである。しかし、この騒動も明治政府が乗り出し1年弱で騒動は鎮圧された。隠岐にはほとんどお寺がない、かつては平安時代からの国分寺があったのだが、現在あるのは新しいものである。これは隠岐騒動の直後にあった明治政府の廃仏毀釈の際に島民の恨みが仏教施設に向けられ徹底的な破壊をうけたとのことである。

2015年8月27日木曜日

隠岐の地形・地質

 一般ツアーで世界ジオパークに認定されている隠岐を訪ねる。隠岐の地形・地質についてまとめる。
 島根半島の北40~80kmに点在する日本海にある4つの有人の島を中心とする島々からなる。4つの島は島前(中ノ島、知夫里島、西ノ島)と島後で構成される。日本の大陸地殻の連続し氷期には陸続きになる。
 隠岐で一番古い岩石は2.5億年前の隠岐片麻岩で日本が大陸の東の縁にあったときの岩石である。次の時代の岩石としては中新世の日本海拡大の際の堆積物や化石が知られている。現在の位置に来てから鮮新世に火山活動が起こる。これによって隠岐の大地の大部分が作られることになる。またこの火山活動の際、アルカリ岩が噴出している。島前の3島はかつての巨大なカルデラと中央火口丘が水没し浸食を受けたものであるが現在でもその様子が展望台からは偲ばれる。
 ps.アルカリ岩とは通常よりK、Naが多い火成岩。ホットスポットなどにみられマントルの部分溶融した際にできるとされる。日本は非アルカリ岩が一般的で隠岐の火成岩は最もアルカリ成分の高い岩石がみられる。

2015年8月25日火曜日

「科学者は戦争で何をしたか」

 「科学者は戦争で何をしたか」(益川敏英,集英社新書)を読む。ノーベル賞科学者が科学と戦争の関係そして軍事強化に傾く現在日本についてまとめた本。
 はじめに、近代に科学がいかに戦争に使われてきたかを述べる。具体的にはダイナマイト、殺虫剤(毒ガス)、無線技術など。次に、第二次世界大戦中、科学者はなにをしたかが語られた。原子爆弾をつくったマンハッタン計画。これに対して核廃絶を訴えた科学者の存在(「ラッセル・アインシュタイン宣言」など)、しかし科学者はその使用や増強に全く関与できなかったこと。
 現代は研究領域がより細分化され全体像がつかみにくくなっている。また軍学協同が進み、巨大な資金が役に立ちそうな分野に投下されるようになっている。さらに民生用の技術が軍事用に利用される(ディアルユース)問題が顕著になっている。
 日本の軍事強化への不安が述べられ、自身も参加する「九条科学者の会」の設立に至った経緯がまとめられる。
 何か所かで自身が科学者が二足のワラジをはいていたといっている、これは研究活動と平和活動であるが、恩師坂田先生の教えだそうである。また最後に科学者である前に人間たれとまとめている。