「なぜ日本は没落するか」(岩波書店)森嶋通夫著を読む。ノーベル経済学賞に日本人で一番近かったとされる経済学者が 20世紀末に日本の没落を予想する。以下その内容をまとめる。戦前の教育と戦後の教育の不整合、戦後の使命感のないエリート、日本陸軍の思想が戦前戦後の日本社会の構造にいかに影響したか、高度経済成長のとにきのみ有効だった終身雇用と年功序列、詰め込み教育から考える教育への転換の必要性、国の行き詰まりを解決するには東アジアの連係が必要、そのために必要なこと、太平洋戦争からの日本の総括、東條英機、昭和天皇はどんな行動をとったか、不景気になるとでてくる右側の喧伝、歴史の事実を学ぶ重要性。日本に関する深い考察がなされ、そういうことだったかと感じることが多かった。
2025年4月24日木曜日
2025年4月14日月曜日
宇宙の距離測定の方法
宇宙研究の歴史は各天体の距離測定の歴史でもある。ここで主な宇宙の距離測定の方法をまとめる。
地球の大きさ:エラトステネスの方法,半径6400km
月の大きさ:月食の時の地球の影の1/4,直径3200km
月までの距離:月の視直径が0.5度である.38万km
太陽までの距離:半月の時の地球から見た月と太陽の離角(89.85度),1.5億km
近傍の恒星:年周視差
やや遠くの恒星:主系列星の絶対等級と見掛けの等級の比較
球状星団と近傍の銀河:脈動変光星の変更周期と見かけの等級
やや遠くの銀河:超新星爆発の絶対光度と見かけの等級
遠くの銀河:赤方偏移量
2025年4月11日金曜日
和光樹林公園
4月から和光国際高校に勤めることになった。地元の大地の話題を取り入れるために、職場のすぐそばの和光樹林公園を歩いた。
ここは武蔵野台地の一部の朝霞台で、その台地上の小河川の谷中川の源流部に当たる。河川はきれい護岸されているが、当日は水は流れてなかった。また、写真の少し上流には池があった。樹林公園は散策に心地よい場所で武蔵野面にしてはやや起伏がある感じがする。ピークを過ぎた桜がきれいであった。
2025年4月2日水曜日
ミャンマーの地震
3月28日に発生したミャンマー中部を震源とするマグニチュード7.7の大地震について、4月2日の段階でミャンマーで実権を握る軍はこれまでに2886人が死亡し、4639人がけがをしたほか、373人の行方がわからなくなっているとしています。
国土地理院によるとミャンマーの地震(マグニチュード=M7.7)を引き起こしたザガイン断層が震源に近いマンダレーの北方から首都ネピドーの南方まで、長さ400キロ以上にわたって水平方向にずれたと発表した。南北に延びる断層の西側が北へ、東側が南へずれる「横ずれ断層」で、最大のずれ幅はネピドー北方の6メートル程度だった。
ザガイン断層は、ミャンマー中央部を南北に走る巨大な断層である。インドプレートとスンダプレートの間に分布する主に大陸性の右横ずれ型トランスフォーム断層である。ヒマヤラ山脈前縁に沿った活発な大陸衝突帯とアンダマン海の発散型境界の間にあって両者を結んでいる。
2025年2月23日日曜日
「毒になる親」
「毒になる親 TOXIC PARENTS 一生苦しむ子供」スーザン・フォワード著 玉置悟訳 講談社+α文庫 を読む。
米カウンセラーによる不健全な親により精神的にいびつになった子供達のレポート。義務を果たさない、コントロールする、アルコール中毒、物理的or言葉による暴力、近親相姦などのより子供たちはどう育ってしまったか。精神的にどのような状態になるか。次にそれを克服するためにはどう認識し親と対峙していくかがまとめられている。詳細に分析されているとともに重い話である。人が成長していく過程で健全な親子関係の必要性を認識させてくれる。
2025年2月3日月曜日
「蟹工船」
「蟹工船」小林多喜二著を青空文庫で読む。戦前のオホーツク海での蟹工船(蟹をとり、加工し缶詰を作る)を素材にした小説。過酷な労働と理不尽な労務管理のもとでの最底辺の人びとの生活を描く。その臭いや汚れがこれでもかと表現される。利益のため沈没船を無視、働かない・反抗的な者に対するリンチ、当時の露骨な資本主義下での搾取される捨てられる人びと、その中に芽生えた連帯、そして失敗、本文では自分たちの権利獲得までは描かれていない。
前に小樽を訪ねたことがある。坂の多い街を歩き歴史的な建造物や観光化された運河を見たが、小説とはいえこんな側面もあったのを再認識。またドライブで小樽の高台に行ったときの多喜二のモニュメントを見た。2025年1月19日日曜日
「北朝鮮へのエクソダス」
「帰還事業」の影をたどる 北朝鮮へのエクソダス,テッサ・モーリス‐スズキ著,田代泰子訳(朝日新聞社)を読む。
主に1959~67年に9万強の人々が北朝鮮の渡った帰国事業がいかに行われたのかを調べたレポート。赤十字やアメリカなどに残され、開示された文章を丁寧に分析してその全体像を明らかにする。植民地をもっている国が負けそれを手放す場合、自国にいる旧植民地の人には自国の国籍を与えるのが通常であるが、日本の場合朝鮮人、台湾人から日本国籍を取り合上げたことが問題の基礎にある。この事業の発端は、4.3の済州島での虐殺のさいに日本に逃げてきた人たちが北朝鮮へ行くことを希望したことにはじまる。在日の朝鮮人は多くが南朝鮮から来ておりこの人たちが帰還事業で北朝鮮に行ったことになる。
この事業は日本政府、北朝鮮、韓国(李承晩)、アメリカ政府、ソビエト、赤十字のそれぞれのことなる思惑がいかにぶつかり合って成立する。日本の場合政府が政治・治安(貧困にああえぐ者たちの中には共産主義活動に走るものも多数いた)・経済(社会福祉の重み)上の懸念と偏見から彼らを排除したいという考えからである。北朝鮮は当初乗り気がなかったが、朝鮮戦争後の人手不足と対外的に人道をアッピールできること、日本・韓国に対する楔の考えがあった。韓国は北朝鮮への帰還事業には強烈に反対していたが、赤十字が関与する人道的な行事に反対できなかった。アメリカは日本の左右いずれもが帰国事業に賛成でかつ安保改正をひかえていたので賛成した。ソビエトは台頭する中国に対して北朝鮮への影響力を高める狙いがあった。赤十字本部は当初人道支援という題目で動かされたが、その実態を知るにしたがって及び腰になる状況になり、また赤十字の中での日本赤十字および朝鮮赤十字の本部とは異なるかんがえのもと行動する。
最後に帰還者の苦労が語られている。北朝鮮に余裕があった当初はそれなりの待遇があったが、その後多くのものが苦難な状況に追い込まれる。そのなかから脱北をする帰還者。複雑な戦後政治の中で行われた帰還事業を実態を教えてくれる本であった。






