9月17日に秋雨の合間の曇天のなか、和光市の午王山を歩いた。地質案内の下見である。和光市から徒歩ですぐそばの湧水である漆台の洗い場(段丘崖からの湧水が観察できる)を見学し、柿木湧水公園(湧水露頭は見られない)、坂下湧水公園(荒れていて見学不可)と歩いた後、午王山に至る。ここでは東京層、礫層、立川~武蔵野ローム層を見学した。午王山のローム層は細い道を歩いてつくので訪ねたのは初めてであった。また午王山の地層は現在採集には市や地権者の許可が必要である。
2026年9月18日金曜日
2026年8月2日日曜日
令和8年熊本地震
7月28日に熊本でM7.1最大震度7の地震が起こり現地では死者を含め大きな被害が出ている。この地震だが九州の別府-島原地溝帯の南縁の布田川・日奈久断層帯の一部が動いたものでENE-WSW方向の圧縮による横ずれ断層だとされる。震源が浅く地上には地震断層も現れた。またこの近辺では10年前の16/4/14と16/4/16に立て続けに大きな地震が起こり大きな被害が発生している。今回の震源は10年前の地震の日奈久断層帯の南西への延長にあたりひずみがたまった割れ残りが活動したようである。
2026年7月27日月曜日
五島列島を訪れる
7月下旬に五島列島を観光旅行で訪ねた。その特徴的な地質をまとめる。五島列島は新第三紀の五島層群を主体としてここに貫入する花崗岩や火山からなる。特徴的なのはここが日本海拡大の際の「ひんじ」のような部分にあたり、拡大の前黄河や遼河の末端の淡水の堆積盆であった。ここで河川や淡水湖の環境でたまったものが五島層群(写真上:中通島の蛤浜)である。淡水に生息する貝化石の化石産地もある。またその後の日本海拡大、続く沖縄トラフの拡大のなか張力が働き、花崗岩の貫入、正断層による複数の島の成立、火山活動(写真下:鬼岳)がおこり現在の五島列島ができた。
2026年6月13日土曜日
「島はどうしてできるか」
「島はどうしてできるか」前野深著(ブルーバックス)を読む.火山学者による火山および海での火山噴火をまとめた教養書,体系的な知識をまとめたのではなく研究の面白さを伝える良書である.フィールドを歩く研究者ゆえの興味深い話が数多く語られている.海洋での火山噴火が島になるかどうかの違い,海での噴火の特性,高校の地学の教科書の先を見せてくれる.
2026年1月18日日曜日
猪苗代湖
冬休みに福島の猪苗代湖を訪ねる。雪が降る中、湖岸には白鳥やオナガガモが与えられる餌に多数群れていた。日本で4番目に大きな湖、水深93mで阿賀野川水系に属する。その成立は東と西が隆起し盆地状になったところに、約4万年前に磐梯山の噴火による大規模な岩雪崩により西側が埋め立てられて作られている。
2025年11月29日土曜日
2025年9月30日火曜日
富澤湧水
約20年前ぶりに富澤湧水を訪ねる。和光市駅から歩くと谷中川の凹地を通過したあとの白子川の段丘崖の高まりにつき、そこからの崖に湧水群がある。段丘礫層と東京層の間から豊富な水が出る(露頭は確認できず)。崖沿いに建つ地福寺、熊野神社には湧水をためた池があり、湧水点そのものは旧川越街道沿いの富沢湧水と大坂湧水群(大坂ふれあいの森)でみられた。
2025年7月27日日曜日
佐渡金銀山
2025年4月2日水曜日
ミャンマーの地震
3月28日に発生したミャンマー中部を震源とするマグニチュード7.7の大地震について、4月2日の段階でミャンマーで実権を握る軍はこれまでに2886人が死亡し、4639人がけがをしたほか、373人の行方がわからなくなっているとしています。
国土地理院によるとミャンマーの地震(マグニチュード=M7.7)を引き起こしたザガイン断層が震源に近いマンダレーの北方から首都ネピドーの南方まで、長さ400キロ以上にわたって水平方向にずれたと発表した。南北に延びる断層の西側が北へ、東側が南へずれる「横ずれ断層」で、最大のずれ幅はネピドー北方の6メートル程度だった。
ザガイン断層は、ミャンマー中央部を南北に走る巨大な断層である。インドプレートとスンダプレートの間に分布する主に大陸性の右横ずれ型トランスフォーム断層である。ヒマヤラ山脈前縁に沿った活発な大陸衝突帯とアンダマン海の発散型境界の間にあって両者を結んでいる。
2024年4月7日日曜日
有孔虫化石
多摩川の上総層群を調べていて有孔虫化石が入る層準があり、さらに比較的容易に分離できることがわかり、処理をし写真撮影した。具体的には日野の連光寺層と登戸の飯室層である。前者は底生有孔虫のみで後者は浮遊性と底生の有孔虫が含まれている(写真は登戸の飯室層から産出する化石)。前者の堆積環境が内湾で後者が大陸棚斜面なので構成種の違いはそれを反映していると考えられる。なお後者では放散虫化石が出るかと調べたがほんのわずかに出るが研究対象になるものではない。
2024年2月23日金曜日
「フォッサマグナ」
「フォッサマグナ 日本列島を分断する巨大地溝の正体 」ブルーバックス,藤岡 換太郎 (著)を読む。日本の地史の最大の問題であるフォッサマグナについて正面から取り上げた普及書。
フォッサマグナは北部と南部に分けられる。北部は日本海拡大の際の東日本と西日本が観音開きの様に移動した際、中央部に巨大な地溝が生じたのが元になる。この際糸魚川静岡構造線は正断層であった。火成活動を伴う6000m強の堆積物ができる。この運動によって日本列島の逆「く」の字配置ができる。またこの後太平洋プレートによる圧縮場となり、糸静線は北米プレートとユーラシアプレートの境界で逆断層になる。日本海の拡大は四国海盆拡大にも関係したプルームから枝分かれしたものが原因の可能性があり、拡大終了後圧縮場の下で日本海盆の東日本への沈み込みが始まった。
南部は観音開きの先端にあたるが、ここではトランスフーム断層であったフィリピン海プレートの境界が沈み込み境界に変わり、その東端の太平洋プレートの境界にあった島弧が次々に衝突をはじめる。御坂山塊、丹沢山塊、そして現在伊豆地塊が衝突および付加をした。これに伴いプレート境界は次ぎ次に南にジャンプし、またその衝突に伴って境界では厚い堆積物ができた。またこの一連の衝突によって基盤の中古生界の八の字構造が成立した。2021年12月31日金曜日
フリピン海プレート
フィリピン海プレートについてまとめる。若干不確かな内容を含む。
1億2000万年前、当時の太平洋の中央部において顕生代で最大級のマグマ噴出がおこる(オントワンジャワ海台の形成)。マントルプルーム起源の噴出だと考えられる。このマントル噴出の枝分かれが初期のフィリピンプレートの拡大に関係した可能性がある。フィリピンの東側に太平洋プレートの沈み込み帯が新たにできこの西側にフィリピン海プレートが誕生する。この後、現在のフィリピン海プレートの西側に当たるフィリピン海盆が拡大する(5000から3000万年前)。
現在の伊豆小笠原マリアナ島弧と九州パラオ海嶺(古第三紀に太平洋プレートが沈み込んで形成された古い島弧)はこのときフィリピン海プレート東縁にあったが、その後これらの間に四国海盆及びパレスベラ海盆が拡大成立する。この運動は3000~1500万年前に起こった。
フィリピン海プレートの成長と北上に伴い、日本列島と接するようになる。この運動が日本海形成の原因になった可能性が高い。当初両者の間はトランスホーム断層であったが、日本海の成立の頃北へ向かってフィリピン海プレートが沈み込むようになる。そんな中、伊豆小笠原マリアナ島弧の北にあった丹沢が日本列島に衝突する。
またその後フィリピンプレートの沈み込みが北西に方向を変える。この方向の変化が、東北日本の山地の隆起、西南日本の中央構造線の活動、瀬戸内海を中心とする隆起と沈降の繰り返しの構造をつくる。続いて伊豆の衝突が起こり現在に至る。
2021年3月7日日曜日
大船層
三浦半島の上総層群は下位から浦郷層、野島層と訪ねてきたので、その上の大船層を見ようと六国峠ハイキングルート、氷取沢市民の森、瀬上市民の森を歩いた。金沢文庫駅から六国峠ハイキングルートをたどる。ここからは六浦地域が遠望され案内板によって金沢八景の由来や、戦後の埋め立てによって陸地になったことがわかる。またこの地域は200m弱の丘陵地域で、貴重な自然として保全されていて、ホタルも見れるようである。地層としてはほぼ近い層準の塊状泥岩からなる大船層が見られる。このあと尾根道を南に向かって歩いたのだが、途中から凝灰質の粗粒堆積物が現れ野島層に変わったのがわかった。
2021年2月11日木曜日
2021年1月11日月曜日
鷹取山
来年度の課題研究で池子層を取り上げたいと考えて、逗子の鷹取山を歩いた。地元の人の気軽なハイキングコースのようで、1月なのに昼頃は思った以上に歩く人がいた。山頂はかつて鷹取石を切り出していたとのことで垂直の崖が複数あり、岩登りを練習する人が10人以上見られた。また、山頂からの360度の展望は素晴らしく、丹沢から富士、江ノ島、大島、三浦アルプス、観音崎、房総半島、東京方面を望むことができた。このあと採集したサンプルを処理する。
2020年11月6日金曜日
課題研究調査
生徒3人を連れて朝比奈切通しを歩く。理数科2年生の課題研究の野外調査で、本来は5月頃行うのだが、コロナウィルスの関係でこの時期になった。
金沢八景駅で待ち合わせし、切通しに向かう。初めに駅背後の丘陵(高位段丘面)に登り海方面と丘陵方面を展望する。次に鼻欠け地蔵の背後の丘陵で池子層の観察とサンプル採集をする。そのあと切通しの道に入る。入口で池子層の観察をする、その後神社の分岐のところから斜交葉理のみられる浦郷層を観察、切通しの最高点は磨崖仏がある。下りの道は道のわきに排水の窪みに水が流れている。しばらく下ると切通しの碑があり、ここで昼食をとる。この周辺は白い火山灰?がポツポツ入る砂質の泥岩である。このあと川沿いの道を少し歩き車道になる。鎌倉までは池子層から逗子層への変化を観察したいと思ったが道沿いにはほとんど露頭がなく、しばらく歩いて鶴岡八幡宮の入り口に着く。
2020年10月30日金曜日
「地球の変動と生物進化」
「地球の変動と生物進化 新・自然史科学Ⅱ」沢田健ほか編著(北海道大学出版会)を読む。北海道大学で行われた、地球科学と生物の分類進化の融合による地球表層圏の理解を進めることを目的とした活動の一環として出版された本。地球誕生から近年の地球温暖化までの様々な領域の成果をまとめた12編の論文集である。内容的には学部生や大学院生対象とあるとおり高校教科書の先の話しである。正直、非常に参考になったものもあれば、理解が進まなく読むのが苦痛のものもあった。
一番の目的のものは、「新生代の海洋環境と気候変動」で、新生代の気温変動、大陸分布の変化、海流の変化などを総合的にまとめたもので、非常に参考になった。基本的には始新世の気温のピークから現在に向かって寒冷化していること、その間に温暖化寒冷化の変動があること(ビカリアが生きていたのは前後より温暖化した時期)。南極氷床の誕生、アジア・インドの衝突によるテチス海の閉塞、アジア・オーストラリアの衝突による環赤道流の消滅、ヒマラヤ山脈の上昇によるアジアモンスーンの成立など、新生代の変化を総合的に理解できるものであった。
2020年5月15日金曜日
下末吉海進
下末吉海進のときにたまった地層は、下末吉層または下末吉層相当層といわれる。またその後寒冷化による海退が起こり平坦な地形面を作ったのだが平坦面およびこれに連続する河川による陸上堆積の地形面を下末吉面という。埼玉では所沢台、金子台が陸上で形成された下末吉面である。
またこの時期は現生人類の出アフリカの時期で、エーミアン間氷期にアフリカから出たグループはその後絶滅し、8.5万~6.5万年前の寒冷化した時期に出た人々が世界に拡散していくことになる。
2020年5月7日木曜日
南関東の中期中新世以降の地史
1700万~1500万
日本列島の分離、日本海の形成
1500万
フィリピン海の運動方向の変化(WNW→N)
800万~600万
丹沢ブロックの接近、本州との間にトラフ(舟上海盆)の形成
500万
丹沢ブロック衝突、前弧海盆(嶺岡帯が外縁)が大量の砕屑物、葉山G・三浦Gの付加
300万
フィリピン海プレートの運動方向変化(N→NW)
250万
伊豆ブロックの衝突、豊岡Gの褶曲と黒滝不整合の形成、九十九里トラフの形成と埋積(上総G)
50万
相模トラフでの沈み込み&堆積物の形成、長沼不整合の形成、下総Gの堆積、スラブの開裂→東京湾の形成
*絶対年代は資料によって若干ことなる。
2020年1月19日日曜日
朝比奈切通し
金沢八景駅から歩く、近くの神社の露頭を見た後(本当はたたきたかったが境内なので不可)、駅の背後の山(高位段丘面)に登る。山頂周辺ではバラバラになった化石礁の露頭をみる。またここから朝比奈切通しの周辺が遠望される。徒歩で車道脇を切通し手前まで歩き、直前から歩道になる。高速道路の下から露頭が始まる。石灰質な砂岩と砂質泥岩の互層である。ここは従来は浦郷層とされるが微化石の年代から池子層の可能性が大きい。さらに進むと台風の影響で倒木が続く、一番高い所の周辺は斜交葉理が発達する浦郷層がみられる。倒木の一番大変なところを過ぎると、摩崖仏のある場所である。ここからは下りで掘削されており、初めに見た互層が続く、排水用の水路も道の隅に掘られている。しばらくすすむと地層が塊状の砂質泥岩に変わり、簡単な舗装がされた道に合流したところで散策道の終了になる。本来は鎌倉まで歩くのだろうが、元来た道をもどり、途中鼻欠地蔵周辺を調べて駅に戻る。













